大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和56年(ワ)12041号 判決

原告 乙山春子

〈ほか七名〉

右原告ら八名訴訟代理人弁護士 佐川浩

被告 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 須崎市郎

同 木下秀三

主文

一  被告は、原告乙山春子、同甲野次郎、同丙川秋子、同丁原冬子、同甲野三郎及び同甲野四郎に対しそれぞれ金一億一〇四一万八八四三円ずつ、原告戊田一夫及び同戊田松子に対しそれぞれ金五五二〇万九四二〇円ずつ並びにこれらの各金員に対する昭和六一年九月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項同旨及び仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の不動産(以下、本件不動産という。)は、亡甲野太郎の所有に属するものであった。

なお、被告は、昭和六一年九月一一日の本件口頭弁論期日に陳述された同年七月一七日付準備書面において、本件不動産は甲野太郎の所有にかかるものではなく、もともと被告の所有であったとの主張をするに至ったが、この主張は故意又は重大な過失によって時機に後れて提出された攻撃防禦方法であり、訴訟の完結を遅延させるものであるから、民事訴訟法一三九条により却下されるべきである。

2  甲野太郎は昭和五三年一月一七日に死亡したが、その相続人は子である原告ら及び被告である。但し、原告戊田一夫及び同戊田松子は甲野太郎の次女戊田夏子(昭和五二年二月二三日に死亡している。)の子であり、代襲相続人である。

3  甲野太郎は、昭和四七年七月一四日作成の公正証書遺言により、本件不動産を含む同人の遺産全部を被告に遺贈した。

4  原告戊田一夫及び同戊田松子の遺留分は各三二分の一、その余の原告らの遺留分に各一六分の一であるが、右遺贈は原告らの遺留分を侵害しているので、原告らは被告に対し、昭和五三年五月二二日に到達した書面で右遺贈の減殺を請求する旨の意思表示をした。

5  ところが、被告はこれより以前の昭和五三年三月一五日、本件不動産のうち別紙物件目録記載(一一)ないし(一五)の不動産を訴外甲田産業株式会社に売却してしまった。

したがって、民法一〇四〇条により、被告は原告らにその価額を弁償しなければならないが、その価額の評価は相続開始時の評価によるべきである。そして、昭和五三年三月一五日の右不動産の価額は一億七〇二五万三〇〇〇円であり、この時点と甲野太郎の死亡時である同年一月一七日とは約二か月の隔りしかなく、この間に価額が変動することはありえないと考えられるから、右不動産の相続開始時の評価は右の一億七〇二五万三〇〇〇円という金額によることができる。

6  被告は、本件不動産のうち別紙物件目録記載(一)ないし(一〇)の不動産については、その持分の移転を拒否し、民法一〇四一条により遺贈の目的の価額の弁償のみに応ずるとしているから、原告らとしてはこれを認めざるをえない。

ところでこの価額の評価は、口頭弁論終結時の価額によるべきものである。そうすると、右不動産の価額は以下のとおりである。

まず、別紙物件目録記載(一)の土地は公衆用道路であるから、評価の対象としない。

次に、同目録記載(二)ないし(六)の不動産については、昭和六〇年四月一日現在の鑑定価額によるべきであって、その金額は一一億九七四七万円である。

同目録記載(七)ないし(九)の不動産については、昭和五五年四月一日現在の価額である三億九四三四万六〇〇〇円によるほかはない。右時点と本件口頭弁論終結時とはかなりの隔りがあるが、口頭弁論終結時の方が高い評価となっているはずであり、右の三億九四三四万六〇〇〇円を下回ることはないと考えられる。

同目録記載(一〇)の建物は、昭和五五年四月一日の時点で九二六万五〇〇〇円と評価されており、今日まで約六年を経過しているが、その残存価額は右の半額である四六三万二五〇〇円を下回ることはないと思われるから、口頭弁論終結時においてはこの四六三万二五〇〇円と評価するのが妥当である。

7  そうすると、本件不動産の価額は以上の合計である一七億六六七〇万一五〇〇円となり、このうち原告らの遺留分に相当する金額は、原告戊田一夫及び同戊田松子が各五五二〇万九四二〇円、その余の原告らが各一億一〇四一万八八四三円である。

8  よって、原告らは被告に対し、遺留分減殺請求権に基づいて、右各金員及びこれに対する本件口頭弁論終結の習日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1項は否認する。

甲野太郎は被告の祖父甲野松太郎の婿養子で、戸籍上は昭和一九年三月一日に同人の隠居により甲野家の家督相続をしたことになっているが、実際には家産の相続はしていない。

また、別紙物件目録記載(二)の土地は昭和二二年一二月二日に自作農創設特別措置法により甲野太郎が売渡を受けたことになっているが、右の土地は甲野松太郎当時からの訴外乙田梅夫所有の小作地で、右松太郎が耕作してきた畑であり、被告が昭和二一年五月に復員した後は被告が耕作していたものであって、その買受代金も被告が支払ったものである。太郎はこの土地を耕作していなかったし、買受代金の支払能力もなかったが、世間体を考慮して太郎名義で売渡を受けた。

以上のとおり本件不動産は被告が父太郎の立場と世間体を考慮してその名義にしていたものであって、もともと被告の所有に属するものであるから、原告らがこれを相続することはありえない。

2  同2項ないし4項は認める。

3  同5項のうち、別紙物件目録記載(一一)ないし(一五)の不動産の売却に関する事実は認めるが、原告ら主張の価額は争う。

4  同6項のうち、被告が遺贈の目的である不動産の所有権の移転を拒否し、減殺を受けるべき限度において、その価額の弁償のみに応ずる意思であることは認めるが、原告ら主張の価額は争う。

別紙物件目録記載(二)ないし(六)の土地は農地であり、しかも被告が二〇年の営農継続を条件として相続税の納税猶予許可を受けた土地であって、簡単にこれを宅地化することはできず、農地として使用を継続することが義務づけられている。したがって、右土地の評価は、農地を農地以外のものに転用するために売渡すことを前提としてすべきものではなく、農地を耕作する目的で取引する通常の価額を算定すべきであって、収益価格算定方式によるべきである。

5  仮に本件不動産が太郎の所有であったとしても、実質的にはその単独所有のものというべきではなく、本件不動産は太郎と被告とが共同で、また昭和四六年の太郎の発病以後は被告が単独で農業を営んで維持、形成してきた財産であるから、原告らの遺留分の算定に当ってはこの被告の寄与分を算定控除すべきであり、本件不動産は実質的には太郎と被告との共同所有にかかるものということができる。

三  抗弁

原告らは昭和五三年五月二一日到達の書面をもって遺留分減殺請求の意思表示をし、東京家庭裁判所八王子支部に調停の申立をしたが、右調停は昭和五六年四月七日に不調となった。本件訴えはその後二週間以上を経過した同年一〇月一四日に提起されたものであるから、調停申立による時効中断の効力は発生せず、原告らの被告に対する遺留分減殺請求権は時効によって消滅している。

四  抗弁に対する答弁

被告の主張は争う。減殺請求権を行使すれば、その意思表示によって確定的に減殺の効果が生じ、目的物に対する権利は当然に遺留分権利者に復帰する以上、減殺請求権そのものについて時効消滅を考える余地はない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因2項ないし4項の各事実及び第5項のうち被告が昭和五三年三月一五日別紙物件目録記載(一一)ないし(一五)の不動産を訴外東拓興産株式会社に売却したことは、当事者間に争いがない。

二  本件不動産が亡甲野太郎の所有に属するものであったことについて、被告は当初これを争わず、単に本件不動産は実質的には亡太郎の単独所有ではない旨の主張(これは、本件不動産を形成、維持するについて被告の寄与が大きいという趣旨であると解される。)をするにとどまっていたが(昭和五七年三月四日の第三回口頭弁論期日において陳述された同日付準備書面など)、本訴の終結近くに至って突如本件不動産は亡甲野太郎の所有に属するものではなく、被告の祖父甲野松太郎から亡太郎は本件不動産を相続によって取得してはおらず、また、自作農創設特別措置法によって売渡を受けた土地は亡太郎ではなく被告がその売渡を受けたものであるとの全く新しい主張をするに至った(昭和六一年九月一一日の第三四回口頭弁論期日において陳述された昭和六一年七月一七日付準備書面)。

しかし、本件訴訟の経過に鑑みると、右主張が時機に後れて提出された攻撃防禦方法であることは明らかであり、また右主張の当否について判断するためには更に証拠調べをすることが必要であるから、これによって訴訟の完結が遅延することも明白である。そして、本件不動産が亡太郎の所有であったか否かは本件訴訟における最も重要な基本となる事実であるから、この点について昭和五六年以降係属している本件訴訟の最終段階に至ってその主張を変更することは、被告又はその訴訟代理人の故意又は少なくとも重大な過失によって時機に後れたものといわざるをえない。したがって、被告の右主張を民事訴訟法一三九条一項によって却下することにする。

そうすると、本件不動産が亡太郎の所有に属するものであったことについては被告はこれを明らかに争わないことになり、自白したものとみなすべきである。

三  被告は原告らの遺留分減殺請求権は時効によって消滅していると主張する。

しかし、遺留分権利者の行う減殺請求権は形成権であって、その権利の行使は受遺者等に対する意思表示によってすれば足り、必ずしも裁判上の請求による要はなく、またいったんその意思表示がされた以上、法律上当然に減殺の効力を生ずるものと解すべきであるから、原告らにおいて相続の開始の時から一年内である昭和五三年五月二一日に減殺の意思表示をした以上、これによって確定的に減殺の効力を生じ、もはや右減殺請求権そのものについて民法一〇四二条による消滅時効を考える余地はない。

そして。本件訴訟は昭和五六年一〇月一四日に提起されているのであるから、減殺請求権の行使によって発生した財産取戻請求権についての消滅時効が完成していることは、その消滅時効についてどのような考えをとったとしても、ありえないことである。

被告の抗弁は採用することができない。

四  被告は、本件不動産の形成、維持に被告が大きな寄与をしていることを原告らの遺留分減殺請求を認めるべき限度を判断するに当って考慮に入れるべきであると主張する。

しかし、寄与分の制度は、昭和五五年法律第五一号による改正前においては、実定法上認められたものではなく、遺産分割による共同相続人間の実質的衡平を図る必要から、民法九〇七条一項及び二項の規定による遺産分割においてのみ実務上取り入れられた考え方である。

そして、遺留分制度は、法定相続主義を基本にして、相続人とされる者についてその地位を実質的に失わせることは許さないとする相続の基本的理念を具体化したものであり、被相続人による自由な財産の処分意思(遺贈の効力)をも制約することとしているのである。このように、被相続人による財産の処分意思さえも遺留分を侵害することは許されないとされているのであるから、いわんや被相続人の財産の維持又は増加についての相続人の特別の寄与という事実があったとしても、これによって遺留分を侵害することは許されないと解するのが相当である(昭和五五年法律第五一号によって追加された民法九〇四条三項は、「寄与分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した額を超えることができない。」とし、遺産分割の前提である寄与分の定めと被相続人の意思に基づく遺贈との優劣について遺贈の効力が優先することを注意的に規定している。)。

したがって、遺留分減殺請求に対して、特別の寄与をした相続人は、その寄与分をもって遺留分権者に対抗することはできない。

五  《証拠省略》によれば、別紙物件目録記載(一一)ないし(一五)の不動産の昭和五三年三月一五日現在の価額は一億七〇二五万三〇〇〇円であるものと認められる。

民法一〇四〇条の規定により減殺を受けるべき受贈者が贈与の目的を他人に譲り渡したときに遺留分権利者に弁償すべきその価額の算定時点について、相続開始時(本件においては昭和五三年一月一七日)によるべきであるとしても、右相続開始時は右の昭和五三年三月一五日(受贈者すなわち被告による譲渡時である。)と近接した時点であるから、昭和五三年一月一七日時点においても前記不動産の価額は右の一億七〇二五万三〇〇〇円であったものと推認することができる。

六  民法一〇四一条の遺贈の目的の価額は事実審口頭弁論終結時の価額によるべきである。

まず、別紙物件目録記載(二)ないし(六)の不動産の価額は、《証拠省略》により、昭和六〇年四月一日時点において合計一一億九七四七万円であるものと認められる。

被告は、右各不動産は農地としての使用を義務づけられているから、その評価は農地としての収益価格によるべきであって、農地以外に転用する目的での取引価格によるべきではないと主張する。しかし、被告の主張によれば、農地としての使用を義務づけられているという点は、被告が二〇年の営農継続を条件として相続税の納税猶予の許可を受けているというにすぎないから、被告の個人的事情にとどまり、客観的に農地以外への転用が不可能であるというものではない。したがって、右不動産は宅地等への転用が可能な土地として評価すべきことは当然である(前記鑑定の結果によれば、右不動産の周辺は在来の農家住宅、共同住宅及び建売住宅のほか農地が大きな割合を占める住宅地域であること、右不動産は画地が大きいため日照、通風は良好で、環境上問題となる点は存在しないこと、上水道は整備されており、都市ガスも引込可能であること、右不動産は第一種住居専用地域、第一種高度地区に指定されていること、右不動産は五〇画地前後の中規模一般住宅の敷地としての使用が最有効使用であることが認められる。)。そして、右鑑定は、右不動産の価額を評価するについて、農地外転用目的の場合における取引価額の八五パーセント相当の価額をもって右不動産の価額としており、妥当な評価方法であるものと考えられる。

そして、本件口頭弁論終結時における右不動産の価額は、昭和六〇年四月一日時点における価額を下回ることはないものと推認される(《証拠省略》によれば、右不動産の近隣地域における地価は昭和六〇年から六一年にかけてやや上昇していることが認められる。)。

次に、《証拠省略》によれば、別紙物件目録記載(七)ないし(九)の不動産の昭和五五年四月一日現在の価額は合計三億九四三四万六〇〇〇円であることが認められる。そして、《証拠省略》によれば、右不動産の近隣地域の地価水準は、昭和五三年から昭和五四年にかけて大幅な上昇を示し、昭和五五年初め頃から上昇のテンポが鈍化し、昭和六〇年頃はほぼ横ばいの状態であるが、昭和六〇年から六一年にかけてやや上昇していること(したがって、昭和五五年以降昭和六一年まで地価水準が下降したことはなく、横ばいないし上昇の傾向にある。)が認められる。したがって、右不動産の本件口頭弁論終結時の価額は昭和五五年四月一日現在の価額を下回ることはないものと認められる。

《証拠省略》によれば、別紙物件目録記載(一〇)の建物の昭和五五年四月一日現在の価額は九二六万五〇〇〇円であることが認められる。本件口頭弁論終結時における価額は、その半額である四六三万二五〇〇円を下回ることはないものと考えられる。

七  前記五項及び六項において認定した価額の合計は、別紙物件目録記載(一)の土地(公衆用道路)の価額を零とみても、一七億六六七〇万一五〇〇円となる。

原告らが減殺を請求できる限度は、そのうち、原告戊田一夫及び戊田松子が各三二分の一であるから各五五二〇万九四二〇円となり、その余の原告らが各一六分の一であるから各一億一〇四一万八八四三円となる。

八  よって、原告らの請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し、仮執行の宣言を付するのは相当でないからその申立を却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢崎秀一)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例